あんたも同じだよ。この世の凡庸なる者の1人。                         私はその頂上に立つ、凡庸なる者の守り神だ
2010-10-31-amadeus_20101101000948.jpg

◆「アマデウス」は自分の中で「音楽」「映画」という表現媒体の中心となっている作品です。
なので今まで語るのが憚られるものがあったのですが、勇気を出して(^^;)

モーツァルトの遺作が「レクイエム」だなんて史実は奇なりだなぁと思っていたのですが
それを「サリエリが己の復讐心を満たす為にモーツァルトに脅迫まがいで描かせた」という
ものすごい解釈で描かれているのがこの映画。

「レクイエム」を作らせたあとモーツァルトを殺害し、
彼の葬式でこの曲を流して溜飲を下げるつもりだったのが、
期せずして彼と共に「レクイエム」の作曲を手伝う事となるサリエリ。

モーツァルト家の貧窮、そして父親を亡くしたショックにつけ込んで
己の精神を追い詰める曲を依頼したのが目の前のサリエリだとは知らず、
曲が完成し衰弱しきったモーツァルトは
許してくれ、貴方に嫌われているのだと思っていた」と弱々しい笑顔で呟き…
35年の生涯を閉じる。

それからの30余年、サリエリは彼を追い詰めて殺したという自責の念、
そして自分の曲が忘れ去られモーツァルトばかりが後世に残っていく現状に心を病み
自殺未遂を図って精神病院で余生を過ごす事となる…

もちろん史実とは虚実織り交ぜたシナリオで、映画としての脚色が色濃い事は確かですが
天才と同じ時代に生まれてしまった人の、「嫉妬」と「賞賛」っていう
相反する感情が蓄積されて狂っていく様が、本当に良く表現されているのですよ。
(自分にはサリエリさんもとても凡人だなんて思えないんですけどね…)

◆クライマックスの2人してレクイエムを作ってる場面のゾクゾク感は凄いですよ。
半端な戦闘シーンとかよりも高揚感たっぷり。

あの場面だけ見れば仲いい作曲家同士がハイテンションで曲を作ってるように見えるけど
本当はサリエリのモーツァルトに対する愛憎の産物。
そんなネガティブな感情から生まれた曲「レクイエム」が
屈指の名曲なのだから皮肉なものだと思います。(あくまで映画内の話ではありますが)

◆レビューを見ても絶賛する声が多々で心が潤うのですが
中には当然「合わない」という☆1つレビューもあり、その内容というのが
老人の妄想物語に付き合えるか」ってツッコミで、
まぁある意味その通りと吹いてしまったりw 聞き役の神父さんの本音だったら嫌だなぁw

◆天は二物を与えず、とは言うけれど
モーツァルトがサリエリのように思慮分別をわきまえた大人だったなら
これほど後世に残る音楽が作れたのだろうかと思う。
「右脳教育」にモーツァルトが使われるっていうのも納得なんですよ。
彼は音楽・芸術感性といった「右脳的」な方面に突出した才能を持っていた事は確かだけど
反面、常識・金銭感覚といった「左脳的」な要素は著しく存在しなかった人みたいですからw

人間ってバランス良く育とうとすると凡庸になり、
天才的に育とうとすると社会性に欠け破滅への道を向かう。
改めて、本当に完璧な人間など存在しないのだと思い知らされます。…だからこそ愛しい。

モーツァルトといえば帝国劇場でミュージカルやるんですよね、気になる。
講談社MOOKもケチらず集め出してしまいそうだ…
こ、こんなにのめり込むとは。200年経っても愛される理由が分かるぜヴォルフィー…。

スポンサーサイト
別窓 | 音楽 | comment:0 | TB:0 | ∧top | under∨
| HOME | NEXT